Ⅰ. 学会設立の趣旨
現代世界は複雑問題に遭遇し、人類の将来に不確実性や不協和を増加させている。われわれはこの問題解決のために専門領域を超え英知を結集し、全体最適、全体調和を目指して社会ニーズに応えねばならない。本学会は、学者、研究者、実務家を集めて、理論と実践面から社会、行政、産業、学界のために新しい問題解決型の知識進化と体系化を目的に設立された。われわれは新しい「仕組みづくり」を基調概念に据えて、革新的な価値創造と全体調和を同時に実現する思考や方法論を研究する。実践分野では既に定着しているプロジェクトとプログラムの2つのPに定義されるオンリーワンタイプの独創的なマネジメントが具体的なターゲットである。本学会の名称にP2Mを選定したのも、このような学会趣旨を踏まえて、この分野の知的資産を継承し世代を超えて進化させる意図がある。
環境破壊、原発事故、食の安全、学力低下、高齢化失業、年金問題、災害医療などは、わが国が直面する複雑系の社会問題の典型事例である。これらの共通項は、人間行動、制度、組織、システムなどの相互作用として発生している。行政や企業はこれまで1つの問題に1つの単独プロジェクトで対応させてきたが、その発想と方法論に限界が見えてきた。そこで全体像を使命に集約して複合プロジェクトに展開するプログラムマネジメント思考が注目されている。その方法論にはパラダイムシフト論、複雑系科学、認知科学、俯瞰工学などの社会技術論、ソフトシステムズ・アプローチ、ビジネスエンジニアリングなど有力な研究や成果が報告されている。P2Mは人間の知覚能力、想像力、設計能力、計画力、実行力などの総合マネジメント能力を実践学問としての体系化と進化を目的としている。P2Mはシステムエンジニアリングを拡張して、企画事業に構想、計画、投資、組織化、実行、運営のライフサイクルマネジメントとしての学際的発想と方法論を中核に据えている。
図表1 複雑系社会問題への取組み
Ⅱ. 学会の研究対象領域
P2Mの研究は、図表2に示すように多種多様であるが、行政、地域、産業の重要な情報ネットワーク系領域、開発系領域、改革系領域、サービス系領域、それに行政系領域の5つに分類して表示した。このような領域では対立する複数要因を解決することが、複雑系領域問題となっているからである。
例えば、ネット系領域で電子取引市場では、電子商取引における決済、法律、暗号化と実現へのIT技術が複合的に解決されねばならない。また、開発系領域では、最初の開発者が全てを獲得する”Winner takes all”の現実や”Time to Market”のリスクやリードタイムスピードの対立研究が重要になっている。このような領域研究への1つの接近法がP2M発想や方法論であり、行政や産業界のニーズや関心は、極めて高く、実業界と学会の交流によって学際的な研究推進が期待される分野である。
図表2 P2Mの研究領域
ネット系領域 | IT技術、e-取引、組織の複合要因を重視する研究 電子商取引、サプライチェーン、EA、セキュリティ、 アウトソーシング、エンジニアリング |
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開発系領域 | ハイリスク、リードタイム、創意の複合要因を重視する研究 製品企画、事業開発、開発技術の評価、製品と工程の同期開発、 ベンチャーからIPOまで |
改革系領域 | マインド、異文化、オプション、資金の複合要因を重視する研究 再生事業、組織改革、海外拠点、リストラ、合併事業、 分社化、人材開発、アライアンス事業、CSR |
サービス系領域 | サービス、安全、コミュニティの要因を重視する研究 メンテナンス、信頼性、老人介護、病院経営、集積型パーク |
行政系領域 | 公益サービス、自主財政、連携を重視する研究 インフラ事業、高度情報交通、地域再生、行政法人、 構造特区事業、ODA事業、海外人材育成事業、PFI事業 |
Ⅲ. 学会の主な方法論の研究対象
図表3は、P2Mが重視する代表的な方法論である。現代の社会問題の研究は、複雑性、不確実性、全体最適、多義性などへのキーワードである。その接近で有力な方法論は、シナリオ、システム、モデリング、投資評価、ゲーミング・シミュレーションなどが挙げられる。シナリオ方法論は未来学や複雑系の科学にも関係し、ピーターシュワルツによってさらに進化して注目されている。また、MITのフォレスターによって提唱されたシステムダイナミクスも全体を構成する要素の因果関係をイベント、シナリオ、システムを実験的に統合解析する手法として進化している。システム論は学問体系としても成熟度が高く、独立したシステム、多重システム、自立分散システムなど工学や情報領域で発達した。この学問的成果が、さらに社会工学、ソフトシステム方法論にまで発展継承され、全体像の構造化、機能表現の大枠設計などアーキテクチャの設計に適用されている。モデリングはアーキテクチャを具現化設計手法として情報技術のインターフェースでは欠かせない。とりわけ、ビジネスモデルは、現代の注目される幅広い発展性のあるテーマである。プログラムやプロジェクトは、投資事業行為である。投資行為には、政治、経済、金融、技術、競争、市場など多元的なリスクとリターンのポートフォリオ分析や評価が中心的な課題になる。ゲーミング・シミュレーションの方法論は、コンピューター技術の発達によって現実世界と模擬世界を結合する政策評価の実験やステークホルダーのコミュニケーションを促進する合意形成手法として注目されている。
図表3 P2Mが重視する代表的な方法論
シナリオ | 全体観や創造発想可能視する方法論の研究 未来学、創造発想、シナリオライティング、認知心理方法論、 ヒューマンファクター、問題解決設計、ナレッジマネジメント |
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システム | システムの最適化方法論の研究 システム工学、ソフトシステム方法論、アーキテクチャ方法論、 コカレントエンジニアリング、社会システム工学 |
モデリング | モデリングの構造による実現化とIT支援方法論の研究 概念モデル、論理モデル、実装モデル、ビジネスモデル、 プロセスモデル、エージェントモデル、エンタープライズモデル |
投資評価 | 投資対効果とマネジメントに関する方法論の研究 戦略マネジメント、ポートフォリオ、投資計画と分析評価、 バランススコアカード、金融リスクマネジメント、価値工学 |
G&S | ゲーミングとシミュレーションによる方法論の研究 政策・戦略ゲーム、模擬世界表現、合意形成、教育・訓練ゲーム |
Ⅳ.研究対象のポジショニングと学会研究の指針
図表4は、具体的な研究テーマのポジショニングである。研究領域と研究方法をペアにすれば、学会の学際性や実践科学の姿がより具体的に可視化できる。図表4は、学会参加者が大学、行政、産業、企業で期待するテーマをポジショニングして、特別研究会SIG(Special Interest Group)に加入することができる。また、大会発表でも学会としての部門別研究が体系的に維持・管理することができる。
図表4 具体的な研究テーマのポジショニング
領域 方法論 | ネット系 | 開発系 | 改革系 | サービス計系 | 行政系 |
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シナリオ | 電子市場の 将来予測 | ビル資産評価の 事業 | |||
システム | 新製品開発の 仕組み | 電子政府の システム | |||
モデリング | エンタープライズ・ アーキテクチャ | アライアンスの 推進手順 | |||
投資評価 | 新薬品のリスク リターン | 病院改革の 戦略投資 | |||
G&S | SCMの 合意形成 | 海外事業の 異文化対応ゲーム | ごみ焼却炉の 住民合意 |
研究対象への接近指針は、問題解決型の学際領域であり、学術と実務の交流、既存科学の形式にこだわらない自由と創意に溢れた接近指針を掲げる。
- 問題解決には「ありのままの姿」と「あるべき姿」の2つを全体像としてとらえる。
- 問題解決への接近は、「あるべき姿」の知覚、未来予測と記述法がベースとなる。
- 全体像を扱う学問として人間の創造的認知は重要な領域である。
- 全体像に迫る研究法は、技術システムと人間行動が相互作用する複雑系問題である。
- 複雑系問題の研究は、社会科学、工学、情報科学、認知心理学の融合領域となる。
- 全体像から問題解決に直結した政策や戦略の思考法や接近は重要なテーマになる。
- 問題解決の方法論として多数システムを想定した相互作用の探求は重要である。
- 解決法として構想を探求し全体設計し、予算をつけて投資事業として実行する。
- このような解決法は形式知と暗黙知が相互影響する動学である。
- 広義の知識、情報、コミュニケーションや人間や情報の場に関する研究が必要である。
Ⅴ.学会に参加される皆様に
学会は、内外の産業、大学、公的機関の実務家、研究者の皆様を歓迎いたします。大学および大学院の研究意欲旺盛な方にも門戸を開いており、積極的な参加を期待いたしております。
1.新しい「仕組みづくり」を目指すシニアレベルの管理者、開発者の皆様へ
大学や企業は「ものづくり」中心から、「サービスものづくり」に組織体質を進化させて、ビジネス競争で容易に模倣ができないオンリーワン型の価値創造を追求しています。そのために、技術システムとビジネスモデルを結合して、サービスノウハウを新しい「仕組みづくり」に包括する発想、知識、方法が必要です。仕組みづくりは持続発展型社会を目指す政策立案者にも有効なコンセプトです。ハブ空港や交通のモーダルシフトは、産業競争力、環境問題、産業基盤の全体洞察力を必要とする仕組みづくり発想が必要です。実務家の皆様は実践事例を提供しながら、研究者、政策立案者と成功パターンや要因分析について対話して知識化しませんか?
2.新しい「地域創生マネジメント」を目指す政策担当者、企業家、研究者の皆様へ
地域創生のために公共政策評価が浮上しています。ベストサービスを民間リスクに移転しながら事業化するPFI(Private Finance Initiative)や政策立案により大学の技術開発力を産業活力に開花させる「知的産業クラスター」も研究されています。本学会では、受容性や実現性の視点でより具体的なプログラムの構想・実行展開やステークホルダー(特定利害者)との調整を含めた段階にまで落とし込んだ課題研究を行います。地域における合意形成のためにゲーミング、シミュレーションの方法論を利用することも盛んになっています。地域や地場の個性あるリーダーシップを学会で研究しながら、発揮しませんか?
3.「創造型まとめ人材」の育成を目指す組織研究者や人材管理者の皆様へ
組織は多数の専門家の分業により仕事を推進しています。しかし、製品開発や事業開発のようなイノベーションをテーマにする改革事業に、専門家の潜在力を引き出す音楽指揮者のような「創造型まとめ人材」が必要です。その役割は領域別のメンバーの能力を引き出し、感動的なアウトプットを産み出す実践力に期待されます。フラットでスピードが要求される組織柔軟性にこそ「まとめ人材」の研究と育成は緊急の課題です。わが国が発信できる独自の実践力体系をつくり、サービス型社会における人材育成や組織のあり方を協働して考えてみませんか?
4.「ハイリスク・ハイリターン事業」に挑戦する研究者、起業家、事業家の皆様へ
研究開発、事業開発、ベンチャーは、ハイリスク・ハイリターンの世界の戦略的事業領域で、グローバルな競争力はマネジメントの優劣に依存しています。しかし、技術とビジネスの世界は分断され、全体像としてのマネジメント認識が希薄なために、基礎研究の成果が実用に向けて市場化される成功率は低いのが現状です。このハイリスク・ハイリターン型マネジメントは、金融、技術開発、ネットベンチャーなどの世界で注目されていますが、実務研究は緒についたばかりです。技術革新、経済進化、生活スタイルの変化の全体観のなかで、有望なテーマを選択し、市場化リードタイムを短縮し、競争優位マネジメントが求められています。テーマ発見、課題設定、問題解決、意思決定、チーム編成などの視点で共同研究をして見ませんか?
5.「ネットワークビジネス・ロジティクス・マネジメント」の研究者、政策者の皆様に
情報技術はあらゆる産業と結合して、生産性の向上、競争力強化、ビジネススタイルの進化を遂げています。それだけに研究対象は多様で情報産業から眺めても、ソリューションビジネス、システム・インテグレーションのあり方、エンタープライズ・アーキテクチャ、セキュリティなどのテーマに枚挙がありません。学会の特色は個別の情報工学技術よりも社会や産業全体からネットワークの経済的インパクトと将来ニーズに備えてビジネス創造のマネジメントを開発する意図があります。このような現在社会と未来社会を予測する方法論としてエージェント・べースド・モデリングも注目されています。世界最高レベルのIT技術やITS(Intelligent Transport System)を保有しても、マネジメント標準やソフトウェアは欧米製が支配的な情勢ですし、電子政府の構築と人材育成、デジタルデバイドの解消も重要な課題です。研究者と実務家の交流会に参加しませんか?
6.「新しい国際パートナーシップ・マネジメント」に挑戦する研究者、管理者の皆様に
グローバル競争のなかで国際的なサプライチェーンネットワークが構築され、地理と時間の境界ばかりでなく、産業境界も越えてビジネス取引が進展しています。経営者にとってビジネスは、情報ネットワークによるマネジメント情報、物流ネットワークによる資源移動、人的ネットワークによるコミュニケーションで価値を創造しています。国際パートナーシップ・マネジメントは、この複雑な全体像の中で変化を読み込みながら、問題を発見し解決案を提案し、タイムリーに実行できる学際的な知識体系を求めています。政治、経済、技術、異文化、ネットワークが複雑に交錯する世界で「どのようなミッションを切り出し、プログラムに展開するか?」一緒に考えて見ませんか? 欧米の研究生活やアジアのビジネスで成功事例の知識体系化をして見ませんか?
【参考】プロジェクト、プログラムマネジメントの知識領域
本学会は、研究者と実務家が参加できるプロジェクトマネジメント、プログラムマネジメントを中核として、その周辺領域を包括した研究を対象としている。その主な研究領域は図2に示しており、その詳細はP2M標準ガイドブックに記載されているが、研究はその解釈、記述、範囲に拘束されるものではない。
P2Mタワー(標準ガイドブックより)